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広島高等裁判所 昭和24年(う)512号 判決 1950年12月15日

被告人

管野常雄

主文

原判決を破棄する。

被告人を免訴する。

理由

本件控訴の趣意(弁護人由井健之助)は別紙控訴趣意書と題する書面に記載の通りであつて、要するに本件については既に確定判決を経て居るので、免訴の云渡がなされなければならぬのに、原審が有罪の判決をしたのは法令の適用を誤つたものであるというのである。

当裁判所は刑事訴訟法第三百九十三条第一項本文を適用して事実の取調をした。

(イ)(ロ)(一) 被告人は昭和二十三年九月六日尾道簡易裁判所に「被告人は肩書地(広島県豊田郡豊田村字和木一五六四番地のこと)において居住しているものであるが住宅の改築及自転車購入等に因り借金約二万円位あり、これが支払を企図に(企図しの意と解す)昭和二十三年八月三十日午前二時半頃同郡同村同部落農業安原郁次方納屋に納めありたる乾燥葉煙草約十一貫余時価七千五百円位を竊取し、之を自宅に持ち帰りて隠匿し居りたるものである」との公訴事実につき竊盗の罪名で起訴せられたことは、当審において取り調べた検察事務官恵谷学作成の公判請求書謄本の記載により明らかであり

(二) 右事件につき、被告人は昭和二十三年九月十一日尾道簡易裁判所において「被告人は肩書地(前同)において居住して居るものであるが、住宅の改築及自転車購入等に因り借金約二万円位あり、これが支払を企図に(前同)昭和二十三年八月三十日午前二時半頃同郡同村同部落農業安原郁次方で乾燥葉煙草約十一貫余時価七千五百円位を窃取し、これを自宅に持ち帰りて隠匿し居りたるものである」との事実につき刑法第二百三十五条第二十五条により懲役一年に処す、但し二年間刑の執行を猶予する旨の判決を受け、該判決は昭和二十三年九月十四日確定したことは原審で取り調べがなされた裁判所書記官補鎌田俊三作成の調書判決書の謄本(弁第一号証)及び検事行森孚作成の証明書の各記載によつて之を認めることが出来(当裁判所で取り調べた検察事務官村上武敏作成の判決書謄本には右判示事実中「自宅に持ち帰り云々」の記載がなく、弁第一号証の記載と相違するが各記載自体から見て弁第一号証の方を措信する。)

(三) 被告人は昭和二十四年五月六日「被告人は法定の除外事由がないのに販売の目的で昭和二十三年八月三十一日豊田郡豊田村和木の自己居宅に他より竊取した黄色種葉煙草火干本葉一等品二十一瓩五百瓦、同火干本葉二等品二十瓩六百八十七瓦を隠匿所持していたものである」との事実につき煙草専売法違反として尾道簡易裁判所に起訴略式命令を請求せられ、昭和二十四年五月七日右事実につき同裁判所において煙草専売法第三十四条第一項第五十七条第二項第六十一条に該当するものとして、罰金五千円追徴金九万五千百二十五円の略式命令の云渡を受けたが之に対し正式裁判の申立をなし、公判審理の結果、昭和二十四年九月二十二日同裁判所に於て「被告人は法定の除外事由がないのに、他で竊取した黄色葉煙草火干本葉一等品二十一瓩五百瓦、同二等品二十瓩六百八十七瓦五を昭和二十三年八月三十日午前一時頃より翌三十一日午後二時頃迄の間被告人の肩書居宅(広島県豊田郡豊田村字和木一五六番地の四)納屋に隠匿所持していたものである」との事実につき煙草専売法の前記各条項に該当するものとして、罰金千円追徴金九万五千百二十五円の判決を受けたのが即ち本件原判決であることは記録上明瞭であり

(四) 而して原審第五回公判調書中被告人の「本件の葉煙草は昭和二十三年八月三十日の午前一時頃私の住居より約三百米位離れている居村の安原郁次方において盗んだものであつて、私は盗んで来た煙草を直ちに自宅の納屋の天井裏に隠したのであるが、私が盗んだ翌日即ち昨年(昭和二十三年)八月三十一日の午後二時頃私が盗んだ事実が発覚し、直ちに盗品は差押えられ警察に留置されたのである。」旨同第一回公判調書中被告人の「私は家がせまくてどうにもならず修築したのに金が掛り、その金に窮して遂に盗みをした。私と同じ村の安原郁次という人の煙草を同人方納屋から盗んだのであるがその盗んで来た煙草を自宅の天井裏に隠していたものが本件で所持していたことになつて居るのである」旨の各供述記載と前記(一)(二)(三)の事実とを綜合すれば前記二、の確定判決の対象となつた事実と本件原判決の対象となつた事実とは社会的事実としては全く同一の案件に属するものであつて即ち被告人は昭和二十三年八月三十日の午前二時半頃(原判決では午前一時頃となつているが之は前記二、の裁判の時と本件原審とで被告人の記憶の差に基く供述の相違から判決の認定も区々になつたのに過ぎないものと認められ、実際には同じく被告人の竊取の時点を指すものであると考えられるからこの相違点はここに問題としない)同村の安原郁次方納屋にあつた同人所有の葉煙草約十一貫余を竊取して自宅に持ち帰り天井裏に隠していたのを翌日の午後二時頃に発見差押えされたというのが具体的事実であつて、右の葉煙草竊取の点につき前記(二)の確定判決あり、竊取した葉煙草を自宅に所持していた点につき本件原判決がなされたものであることは一点の疑の余地のないところである。

(五) そこで以上の事実関係に立つて果して弁護人主張のように本件原判決認定の事実については前記(二)の判決により既に確定判決を経たものということになるのかどうかを次に検討して見る。尚論旨は其の理由の一として葉煙草竊取の罪と竊取した葉煙草の不法所持の罪とは一個の行為にして数個の罪名にふれる関係にあり所謂想像的数罪である旨主張して居るのであるが結局の論旨は本件は確定判決を経たものであるというにあるのであるから右想像的数罪であるかどうかということのみでなく説明の便宜上その他の罪数論にも言及の上順次考えて見ることとする。

(六) 先づ前述のような事実関係において竊取した葉煙草の隠匿所持は竊取行為に当然伴うところの所有権侵害の行為に過ぎないのであるから、竊盗罪の中に吸収包含せらるべきもので、即ち竊盗罪を以て問擬すれば足り、別に煙草専売法違反の罪を構成しないのではないかという問題を考えて見るに竊盗罪というものは、他人所有の物を他人の占有を侵して自己の実力支配内に移す行為であるから目的物の所持ということと不可分の関係にはあるけれども、竊盗罪は右実力支配の移転そのものを処罰するものに過ぎないのであるから、竊取行為が既遂になつた後の盗品の所持が更に他の法益を侵害する場合には竊盗罪の外にその他の罪を構成するものと解するを相当とする。

(七) さて竊盗罪の他に前記煙草専売法所定の所持罪(以下単に所持罪と略称する)が成立するとして、この両者の関係は所論のように一個の行為にして数個の罪名に触れる場合即ち所謂想像的数罪の関係にあるかどうかを考えて見るに、右説示のように竊盗罪が占有の移転行為自体を内容とし、所持罪が之に続く爾後の占有状態を対象とするものである以上、両者相次ぐ関係であつて一個の行為の両面という関係ではないのであるから、両者を想像的犯罪ということは出来ない。

(八) 然らば両者は手段結果の関係にある場合即ち所謂牽連罪であろうか。成る程本件において葉煙草の所持は葉煙草竊取の結果たる行為であることは勿論である。然し乍ら或る犯罪と他の犯罪との間に刑法第五十四条第一項後段の関係があるということが云える為には一般的に云つてその両罪の間に通常手段結果の関係がなければならないのであつて特定の場合の具体的関係だけから論ずるのは当つていない。例えば火災保険の目的物になつている家屋に対する放火とその火災保険金を取る為の詐欺とを竝べればその間には常に手段結果の関係があるけれども一般に放火という犯行と単なる詐欺の犯行とを考えるとその間に通常手段結果の関係があるとは云えない。従つて放火罪と詐欺罪とを牽連一罪とすることは出来ないのである。竊盗罪というものと法定の除外事由なく葉煙草を不法に所持する罪との関係も同様であつて、その間に通常の牽連性は存しないから両者は牽連罪ではない。

(九) 前記竊盗罪と所持罪とか共に成立し、而も両者は想像的競合罪でも牽連罪でもないということになれば当然の結論としてそれは各独立の犯罪即ち併合罪であると云はねばならない。

(一〇) 即ち本件が前記(二)の確定判決を経たものであるということは、本件所持罪と右確定判決を受けた竊盗罪との関係が本来の一罪又は処断上の一罪たること、即ち単独一罪か、想像的数罪か、乃至は牽連罪であることを理由として一罪の全部又は一部につき既に確定判決を経ているから本件についても既に確定判決を経た結果となるという理論によつては之を肯定することが出来ないのであつて、論旨は両罪が想像的数罪であることを理由とする点においては当つていないと云はねばならない。

(十一) 然しながら両罪の関係が併合罪であつても前の確定判決によつて既に両罪共処断されていたとすれば、最早その他に更に処断さるべき罪は残つていないことになるのは云うまでもない。そこで前記確定判決は果して竊盗罪だけについて判決したものであるかどうかということがここで検討されねばならない。

前記(一)の起訴状竝に同(二)の確定判決にはいづれも、単なる竊盗の事実ばかりでなく竊取した葉煙草を「自宅に持ち帰り隠匿所持し居りたるものなり」と明らかに竊取後の所持行為をも掲げていることは前記の通りである。唯右起訴状にも判決にも罪名としては単に竊盗とあり、又罰条としても単に刑法第二百三十五条が挙げてあるだけである。然しそれだからと云つてわざわざ事実に掲げてある所持の点について判決がなかつたのだということが云えるであろうか。公訴事実が何であるか、判決の対象たる事実が何であるかを決するについて起訴状や判決に示された罪名や罰条が参考になることは勿論であるけれども罪名(事件名)や罰条はどこ迄も現に判示された犯罪事実に基き之に対して附せられ適用されるものであつて、事件名や罰条から逆に犯罪事実を解釈するということは本末を顛倒するものである。固より犯罪事実として示された事柄の中でも或る犯罪の構成要件を充さないような表示は未だ以てその犯罪事実の表示ありとするわけにはゆかぬことであるか、本件において前記の記載は葉煙草の所持罪として充分な表示と云はねばならない。右所持罪には法定の除外事由なくとの要件があるがそれは竊取した葉煙草である旨の表示によつて、既に実質的に十分表現されているのである。従つて前記確定判決が右葉煙草の所持につき之を犯罪事実として表示し乍ら之に煙草専売法の罰条を適用しなかつたのは、その適用を遺脱したか法令の解釈を誤つたものと見なければならないのであつて、之を以て所持罪については裁判しなかつたものだとすることは出来ない。

或は「之を自宅に持ち帰り隠匿所持し居りたるもの」との表示は犯罪事実として掲げたのではなくて単なる情状として挙げたものと見るべきであるとの論もあるかも知れない。然し竊盗罪において竊取した物件を自宅に持ち帰り隠匿所持して居るということは竊盗の事後の情状としては最も典型的なものであつて、情状として特に示すほどのことでないことは勿論であつて、従つて右所持の点を情状として掲げられたものと見ることは無理である。矢張り右所持についても前記(一)の起訴があり、次いで(二)の確定判決があつたものと見なければならない。

之を実質的な面から且つ被告人の訴訟上の立場に立つて考えても、被告人は前の判決で竊盗の事実のみならず、「自宅に持ち帰り隠匿所持し居りたるもの」との事実についても判示した判決を受け葉煙草の件は万事事済みと考えているところに再び右所持の点につき責任を問はれることは全く意外とするところであり、それはあまりに被告人の訴訟上の立場を無視したものであり、公訴事実につき既判力を認めた法の趣旨に反することであつて、この意味から云つても判決は認定された犯罪事実を基本として而も客観的に解釈されねばならないのである。

以上要するに原判決認定の葉煙草所持の所為は既に前記(二)の確定判決のあつた事項に属するので、原判決が之につき更に有罪の云渡をしたのは刑事訴訟法第三百三十七条第一号に違反したものであつて、その違法が判決に影響を及ぼすこと勿論であるから、論旨は結局理由がある。

それで刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条に従つて原判決を破棄し、尚本件については訴訟記録竝に原裁判所及び当裁判所において取り調べた証拠によつて直ちに判決をすることが出来るものと認めるので、同法第四百条但し書によつて被告事件について更に判決をすることとした次第である。即ち

被告人は前説示の通り本件につき、既に確定判決を受けて居るので、本件については刑事訴訟法第三百三十七条第一号に従つて免訴の云渡をする。

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